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植物ホルモン「オーキシン」生合成の主経路を解明(酒井達也准教授)

2011年04月01日テニュアトラック事業研究成果

‐農作物やバイオマスなどの増収研究に向けて大きな一歩−

【本研究の概要】

 本学大学院自然科学研究科・若手研究者育成推進室・酒井達也テニュアトラック准教授は、独立行政法人理化学研究所・植物科学研究センター・笠原博幸上級研究員らを中心にした研究グループに参加し、これまで大きな謎とされていた植物ホルモン※1「オーキシン※2」の生合成主経路をついに解明しました。本研究成果は、岡山理科大学林謙一郎准教授、理研植物科学研究センター白須賢グループディレクター、東京農工大学大学院連合農学研究科夏目雅裕教授、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校Yunde Zhao准教授、米国ミズーリ大学Paula McSteen准教授らも含めた国際研究グループの共同研究によるものです。
本研究成果は米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』のオンライン版(日本時間2011年10月25日)に掲載されました。

 オーキシンは植物の形態形成で中心的な役割を果たす成長制御物質です。オーキシンの研究は19世紀後半にダーウィン親子が行った植物の光屈性試験に始まり、1930年代中頃にインドール-3-酢酸(IAA)がオーキシンとして最初に同定されました。植物では1946年にIAAが確認され、その後60年以上にわたりIAAを中心にオーキシンの研究が行われてきましたが、植物がどのようにIAAを合成しているのかは謎のままでした。なぜならIAAの欠損変異体の単離やその生合成中間物質の分析などが困難だったからです。
研究グループは液体クロマトグラフィー・エレクトロスプレーイオン化・タンデム型質量分析装置※3(LC-ESI-MS/MS)という質量分析計※4を使って、植物にごく微量にしか存在せず化学的にも不安定なIAA生合成途中に生成される中間物質(生合成中間物質)を調べるため、モデル実験植物であるシロイヌナズナ※5を使って分析しました。その結果、これまで異なるIAA生合成経路に存在すると考えられていたトリプトファンアミノ基転移酵素(TAA1)とフラビンモノオキシゲナーゼ(YUCCA)が、実際は同じ経路に存在する酵素であることを突き止めました。また、YUCCAがIAA生合成中間物質であるインドール-3-ピルビン酸からIAAを生成することを証明しました。これまでの知見とあわせると、植物はアミノ酸であるトリプトファンからTAA1とYUCCAの2種類の酵素の働きでIAAを合成することが明らかになりました。

 この成果により、植物がいつ、どこで、どの程度のIAAを合成しているのか、IAAによる形態形成や環境応答機構の解明が進むと考えられます。また、人工的に合成されたオーキシンは除草剤や着果・果実成長促進剤、発根促進剤として農業分野で極めて重要であることから、インドール-3-ピルビン酸経路が新たな農薬開発のターゲットになると考えられます。さらに、TAA1遺伝子やYUCCA遺伝子を制御することにより植物でのIAA内生量をコントロールして、人工的に合成されるオーキシンを使用することなく、農作物、綿花などの衣料原料、樹木バイオマスなどを増産する新たな研究の道が拓かれると期待できます。

【用語解説】

  • ※1 植物ホルモン
    植物の成長を制御する化学物質の総称。一般的に植物ホルモンは、植物でごくわずかしか作られない。オーキシン以外にも、ジベレリン、サイトカイニン、エチレン、アブシジン酸などがよく知られている。
  • ※2 オーキシン
    植物の成長や形態形成などで中心的な役割を果たす植物ホルモンのセンタープレイヤー。光や重力による植物の屈曲に関与することで有名。
  • ※3 液体クロマトグラフィー・エレクトロスプレーイオン化・タンデム型質量分析装置(LC-ESI-MS/MS)
    液体クロマトグラフィー(LC)とは、化合物を分離する技術の1つ。エレクトロスプレーイオン化 (ESI)とは、溶液として流れ出てくる個々の化学成分を穏やかな条件でイオン化する方法。タンデム型質量分析装置 (MS/MS)とは、目的の化合物に由来するイオンをさらに分解して得られるイオン(フラグメントイオン)から物質を同定・定量する装置。LC-ESI-MS/MSはこれらを組み合わせた質量分析装置で、オーキシンの生合成中間体のようなごく微量で不安定な物質の分析において威力を発揮する。
  • ※4 質量分析計
    物質の正確な分子量を測定する機器。試料をイオン化し、化合物の質量電荷比(質量を電荷数で割った値)から物質を同定・定量する。高感度で物質を検出できるため、植物ホルモンのような微量物質の分析に有用。
  • ※5 シロイヌナズナ
    学名はArabidopsis thaliana (L.) Heynh. アブラナ科シロイヌナズナ属の1年草。モデル実験植物として植物で初めてゲノム解読が行われ、全遺伝子数は約30,000個。

解明されたオーキシン生合成経路(点線内はアブラナ科固有のIAA 生合成経路。斜体は遺伝子が同定されているIAA生合成酵素。 Trp:トリプトファン、IAM:インドール-3-アセトアミド、IPA:インドール-3-ピルビン酸、TAM:トリプタミン、HTAM:N-ヒドロキシトリプタミン、IAOx:インドール-3-アセトアルドキシム、IAN:インドール-3-アセトニトリル、AMI1:アミダーゼ1、AAO1:アルデヒドオキシダーゼ1)。

オーキシン過剰生産芽生えの作出(オーキシン生合成遺伝子TAA1及びYUCCAをともに過剰発現したシロイヌナズナTAA1ox YUC6ox [一番右] は、何も発現していない芽生え [一番左] に比べ、側根形成が顕著に促進している)

お問合わせ先

  • 独立行政法人理化学研究所 植物科学研究センター 生長制御研究グループ
    上級研究員 笠原 博幸(かさはら ひろゆき)
    TEL/FAX:045-503-9660/9662
  • 新潟大学大学院自然科学研究科 准教授 酒井達也
    TEL/FAX:025-262-7880
    ※酒井達也テニュア・トラック准教授のプロフィールはこちらです。