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異分野連携を介した内耳特殊体液の物性の生理的意義の解明-日比野浩

2017年11月30日超域学術院研究成果

《背景と目的》

 難聴はヒトの日常生活を著しく損ねます。現在、我が国では、1千万人を超える人々が、この病気に苦しんでいますが、その有効な治療法は十分に確立していません。我々は、難聴の克服を目指して、医学の基礎研究を行っています。外界からの音は、耳の奥にある内耳の蝸牛という臓器の感覚細胞に、ナノレベルの振動を発生させます。その結果、電気信号が発生し、音の情報が脳へと伝えられます。この過程には、「内リンパ液」と呼ばれる特殊な体液と感覚細胞との間のコミュニケーションが極めて重要です。
本プロジェクトでは、内リンパ液に着目し、その物理的な特性と感覚細胞の振動現象の関係を調べることで、音が聴こえるメカニズムを解き明かします。さらに、この関係が崩れたモデル動物を作製して分析することで、難聴の原因を探究します。工学や数理学の第一線の科学者と連携し、新しい計測機器の創出やコンピューターシミュレーションの活用を進めることで、今までにない視点から独創的な研究を展開しています。成果は、難聴の病因の解明や治療法の開発に貢献すると期待されます。

《二年間の成果の代表例》

①新たな断層イメージング装置の基盤技術の開発 研究を進める上で、さまざまな条件下において感覚細胞の振動現象を捉える必要があります。しかし、この振動は、ナノレベルと微小であり、かつ高速であるため、従来の計測技術では正確に測定することが困難でした。そこで、最先端の光源である「光コム」を駆使して、感覚細胞の振動現象を立体的に描出するための基礎技術を開発しました(Opt Commun 356C:343-349, 2015; Opt Express 23:21078-21089, 2015)。今後は、微調整を繰り返し、生体計測を実行していく予定にしています。

②内リンパ液の物性を調節する候補タンパク質の同定 血管条と呼ばれる上皮組織により維持される内リンパ液には、物性の制御に関わる糖鎖が含まれていると想定されています。糖鎖は多彩なタンパク質に付着します。血管条から、質量分析法を用いて、糖鎖をタンパク質に付ける酵素を25種類、糖鎖を外す酵素を16種類、見出しました(Eur J Neurosci 42:1984-2002, 2015)。これらの酵素の詳しい分布や働きを丹念に調べ、内リンパ液の物性との関係を明らかにしていくことを計画しています。

③内リンパ液のイオン環境を調節する仕組みの解明 感覚細胞が振動すると、内リンパ液からイオンが流入します。その結果、細胞が興奮し、脳で音を感知することができるようになります。したがって、内リンパ液のイオン環境を整える仕組みの理解は、この体液と感覚細胞のコミュニケーションに重要です。さらに、ある種の糖鎖の物性は、イオン環境の変化により変化することも知られていますので、糖鎖を含む内リンパ液の性質もイオンの影響を受けるかもしれません。そこで、内リンパ液を維持する血管条に焦点を当て、どのようにイオンが運ばれるかの一端を、特殊な微小電極を駆使して明らかにしました(Pflügers Arch467:1577-1589, 2015; J Physiol 591:4459-4472, 2013)。この仕組みが破綻したときに、感覚細胞の振動がどのように障害されるかなどを観測し、難聴との関係の解明につなげていこうと考えています。

 ◆尚、本プロジェクトの一部は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の平成27年度「革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)」の支援を受けことになりました。
http://www.niigata-u.ac.jp/top/pickup/271127_01.html
http://www.amed.go.jp/news/program/010720150608_kettei_kadai01.html

論文リスト等

【論文発表】

  1. Choi S#, Watanabe T, Suzuki T, Nin F, Hibino H, Sasaki O (2015). Multifrequency swept common-path en-face OCT for wide-field measurement of interior surface vibrations in thick biological tissues. Opt Express (in press).
  2. Uetsuka S*, Ogata G*, Nagamori S*,#, Isozumi N, Nin F, Yoshida T, Komune S, Kitahara T, Kikkawa Y, Inohara H, Kanai Y, Hibino H# (2015). Molecular architecture of the stria vascularis membrane transport system, which is essential for physiological functions of the mammalian cochlea. Eur J Neurosci, in press. [*: equal contributors, #: equal corresponding authors]
  3. Yoshida T, Nin F, Ogata G, Uetsuka S, Kitahara T, Inohara H, Akazawa K, Kommune S, Kurachi Y, Hibino H (2015). NKCCs in the fibrocytes of the spiral ligament are silent on the unidirectional K+-transport that controls the electrochemical properties in the mammalian cochlea. Pflügers Arch – Eur J Physiol 467(7):1577-1589.
  4. Fujita A, Inanobe A, Hibino H, Nielsen S, Ottersen OP, Kurachi Y (2015). Clustering of Kir4.1 at specialized compartments of the lateral membrane in ependymal cells of rat brain. Cell Tissue Res 359(2):627-634.
  5. Yamaguchi S, Tanimoto A, Otsuguro K-I, Hibino H, Ito S (2014). Negatively-charged amino acids near and in transient receptor potential (TRP) domain of TRPM4 are one determinant of its Ca2+ sensitivity. J Biol Chem 289(51):35265-35282.
  6. Adachi N*, Yoshida T*, Nin F, Ogata G, Yamaguchi S, Suzuki T, Komune S, Hisa Y, Hibino H#, Kurachi Y# (2013). The mechanism underlying maintenance of the endocochlear potential by the K+-transport system in the fibrocytes of the inner ear. J Physiol 591(Pt 18):4459-4472. [*: equal contributors, #: equal corresponding authors]

註)特に業績1は、新潟大学工学部の鈴木・崔グループとの共同研究の成果であり、内耳の超高速ナノ振動の生体計測を指向した画期的な光学断層イメージング装置の開発のための基盤技術を報告したものである。

【シンポジウム・個人セミナー発表】

  1. Hiroshi Hibino. Development of new analytical systems by collaboration with engineers for promoting basic research of inner ear. Invited speaker: Round-Table (Symposium) “Frontier of Medical Technology in the otorhinolaryngology”. 30th Politzer Society Meeting. July 1-3, 2015. Toki Messe, Niigata.
  2. 日比野 浩 聴覚のふしぎな話 招待講演:第19回自治医科大学附属さいたま医療センター 耳鼻咽喉科病病・病診連携の会 平成27年4月16日(木):パレスホテル大宮, 大宮
  3. 日比野 浩、任 書晃、村上 慎吾、倉智 嘉久 聴覚に必須の内リンパ液高電位は内耳上皮を介したK+一方向性輸送により成立する 招待講演:シンポジウム「細胞極性形成の分子メカニズムとその生理的機能 — 極性分布するトランスポーターの機能から」:第120回日本解剖学会総会・全国学術集会 第92回日本生理学会大会 合同大会 平成27年3月21日(土)~23日(月)、発表22日(日)、神戸国際会議場、神戸
  4. 緒方 元気, 任 書晃, 石井 雄也, 浅井 開, 吉田 崇正, 栄長 泰明, 日比野 浩 最先端電気化学測定技術を駆使した内耳膜輸送体のin vivo機能解析 シンポジウム:「膜輸送体を標的とした次世代創薬研究に向けて」第88回日本薬理学会年会 平成27年3月18日(水)〜20日(金)、発表20日(金)、名古屋国際会議場、名古屋
  5. 任 書晃、吉田 崇正、村上 慎吾、緒方 元気、倉智 嘉久、日比野 浩 内耳の多階層イオン輸送モデルによる耳毒性の発生機序の統合的理解 シンポジウム:「生体機能の多階層的理解と創薬研究への応用」第88回日本薬理学会年会 平成27年3月18(水)〜20日(金)、発表20日、名古屋国際会議場、名古屋
  6. Hiroshi Hibino, Fumiaki Nin, Shingo Murakami, Yoshihisa Kurachi. The physiological architecture and function of the cochlear K+-transport essential for hearing. Invited speaker: “International symposium on ion channels, transporters and small molecules as key regulators of homeostatic systems” in the 88th Annual Meeting of The Japanese Pharmacological Society. March 17 ~ 20, 2015. Nagoya Congress Center, Nagoya, Japan.
  7. 日比野 浩 聴覚の不思議な話2015 招待講演:第15回Auditory Neuroscience Meeting 平成25年3月14日(土):スイスホテル南海, 大阪
  8. Hiroshi Hibino. Molecular and physiological architecture of the mammalian cochlea in the inner ear. Special lecture: “Interdisciplinary issues of pulmonology, otolaryngology, allergology”. November 20 – 21, 2014. Krasnoyarsk State Medical School, Krasnoyarsk, Russia.
  9. 日比野 浩 内耳のふしぎな仕組みと働き 招待講演:日本耳鼻咽喉科学会香川県地方部会 平成26年11月 13日(木)〜14日(金)、発表13日(木)、JRホテルクレメント高松, 高松
  10. 日比野 浩 音振動を電子信号に変換する内耳蝸牛の仕組み 特別講演 第6回マイクロ・ナノ工学シンポジウム 平成26年10月20日(月)〜22日(水)、発表21日(火)、くにびきメッセ, 松江
  11. 日比野 浩 聴覚の不思議 招待特別講演:大阪人工内耳フォーラム2014 平成26年8月 23日(土):スイスホテル南海大阪,大阪(市民公開講座)
  12. Hibino H Mysteries of the inner ear. Special lecture: Krasnoyarsk State Medical School. June 5, 2014. Krasnoyarsk State Medical School, Krasnoyarsk, Russia.
  13. 日比野 浩 聴覚はどのようにして起こるか? 〜内耳蝸牛における音伝達機構の不思議〜 招待講演:第97回御茶ノ水耳鼻咽喉・頭頸科治療研究会 平成26年4月24日(木):順天堂大学10号館1階会議室, 東京
  14. 日比野 浩 Introduction of hair cell function. 招待講演:シンポジウム「Frontline of molecular physiology of hair cells in the inner ear」 第91回日本生理学会 平成26年3月16日(日)〜18日(火)、発表17日(月)鹿児島大学郡元キャンパス, 鹿児島
  15. 日比野 浩 内耳体液の特殊な電位の成立機構を解く 招待講演:Neuroscience Seminar Tokushima 平成25年9月2日(月)徳島大学病院 日亜メディカルホール, 徳島
  16. Hiroshi Hibino The mechanism underlying for formation of unique electrical property of the cochlear fluid in the inner ear. Invited talk. July 16, 2013 (Tue). Harbin Medical University, Harbin, China.
  17. 日比野 浩 臨床医にわかる内耳基礎の知識—聴覚はどのようにして起こるか?— 招待講演(教育講演):第75回耳鼻咽喉科臨床学会 平成25年7月 11日(木)〜12日(金)、発表11日(木)、神戸国際会議場, 神戸